夏休み前に青春18きっぷ赤券を旅オタ先輩の桜石から買っていた。

5枚すべて使う予定はないのだが、家族で出かけるなら一気に消費するし、余ればチケット屋で売ればよい。

 

さてようやく使う日がやってきた。前日に子どもたちを日帰り旅行を誘うが断られてしまう‥‥。まぁ久々の一人旅、これはこれで良し。

4時起床、車で最寄りの川西池田駅に行き、定額駐車場に入れる。時刻表がなかったので行き当たりばったりだったが、大阪方面行き始発の10分前についた。

  4:59 川西池田発

尼崎駅なら構内で時刻表を売っているコンビニか本屋があると思ったが、開いていなかった。

とりあえず姫路方面に先行しそうな普通列車・加古川行きに乗る。

5:32 尼崎発

横座りの列車で加古川まで。6:48加古川着、ようやく改札外のコンビニでいつもの小型時刻表を購入できた。ついでに朝飯・お茶なども購入。しかし6:58発播州赤穂行きは座ることもできず。立ちながら時刻表操作。姫路からは姫新線や播但線方面へ行くこともできたが、先の接続が悪く、そのまま西をめざすことにする。

 

  7:32 姫路発(新見行き)
座席は確保できたが乗車率100%超え、上郡あたりまで混んでいたので食事せず。この列車は岡山倉敷を通って新見まで行くロングラン列車だ。このまま新見に行って木次線乗車のプランニングも考えたが、日帰りが難しそうだったので、このプランはお蔵入りとなった。で、本日の行き先は四国とし、目的を秘境駅・坪尻駅の探訪と徳島線に乗ることとした。

進路も決定し、その後食事。ひと心地ついたら少し寝てしまった。

  9:32 岡山発
岡山からは快速・マリンライナー。これで四国に渡り坂出で折り返すように琴平行きに乗るつもりだったが、車内案内で各停・琴平行きがあることを知る。私が岡山に着く1分前に出ていた列車なのだが、マリンライナーが途中で追い抜くためだ。こちらに乗り換えた方が琴平に一本早くつくことが解ったため、マリンライナーを児島で降り、琴平行き各停に乗り換える。しかし、こんな事にも気づかないとは‥‥しばらく時刻表を繰っていないと呆けてしまったようだ。鉄道マニアとしては恥ずかしい限り。

120201208XZ-120
10:00 児島発
姫路から乗った列車と同じ黄色一色に塗られた113系電車。車内はガラガラ。琴平までのんびりできた。

128201208XZ-128
琴平では以前WOOの取材で行ったことのある温泉旅館のウラの製麺所を探すが、場所が変わったのか記憶違いか迷走してしまった。

やっとたどり着いた店は確かに見覚えがある。システムも同じ。

醤油うどんはぬるくて正直大してウマくなかった。ただ安いのはさすが。2玉入った「大」が180円、これにおかずを2品つけて380円。

 

124201208XZ-124133201208XZ-133134201208XZ-134

119201208XZ-119121201208XZ-121136201208xz-136b

11:52 琴平発138201208XZ-138
歴史を感じさせる琴平駅を出発し、秘境駅坪尻目指す。ワンマンカー。

12:33坪尻着。

山間の谷底にあるスイッチバックの駅である。秘境駅として知られていて周囲に人家はない。GoogleMapを見ると、両側とも山を越えたところに集落はあるようで、昔はそこそこ利用者もいたらしい。今では継続的に利用されている方はお一人だという。
川側の廃屋を越えたところまで散歩してみる。眼下に川が見え、せせらぎが聞こえる。また山の上方に国道が通っているので、トラックの走行音が聞こえる。あとは虫の声だけである。

149201208XZ-149159201208XZ-159165201208XZ-165

 

167201208XZ-167

何列車か通過していく様子を撮影した。駅に入る列車以外は本線を高速で通過していく。踏切も警報機もないので、いきなり列車がトンネルから現れたと思うと爆音を残して瞬く間に見えなくなってしまう。

屋外は暑い、屋内は快適だが虫多し。子どもたちを連れてきていたら困ったことになっていただろう‥‥。

意外にも携帯の電波がつかめたので、用もないのに家に電話してみる。そして時間つぶしにこの原稿を書いている。昔では考えられないことだ。昔はローカル線の撮影地で列車を待っている間とか、寝るために終列車が通過するまでの間とか、ものすごい時間があったのだが、どのように時間をつぶしていたのだったか‥‥。本や時刻表を読んでいたのだったか‥‥。そういう時間を過ごした経験を懐かしく思う。今は効率的であるが、是非は決めかねる。

2時間あまりを秘境駅で過ごした。

車内から、坪尻駅引き上げ線へ入線する様子を撮影
ホームから、坪尻駅引き上げ線から入線する様子を撮影

 

14:53 坪尻発。

坪尻からは下り。そして箸蔵からは吉野川を渡るために山の斜面を一気に下る。川を渡るために直角に曲がり、長い鉄橋で吉野川を最短距離で渡り、下った向きとは逆向きになるよう(全体としてはU字を描くように)また直角に曲がる。

そして佃駅である。ここは高校生の頃、鉄橋を渡る列車の撮影のために降りたことがある。

私が高校時代につくった鉄道模型のモジュールで一番の思い入れのある作品は、ここ吉野川に架かる鉄橋をモチーフにしたものだ。

15:04 佃発
0分乗り換えで徳島線の列車に乗る。発車直後におばちゃんがホームに荷物を忘れたとのことで停車、ローカル線ならではだ。
ずっと左手側に吉野川が見え隠れする。しかし暑さに疲れたのかウトウトする。穴吹で対向待ちの間にお茶を買い一息。

17:00 徳島
徳島からはショートカットのため高速バスを利用する。以前に本州側の舞子駅を訪れた時から使ってみようと思っていたルートだ。発車までの間に徳島線の車窓から見えていた川田屋まんじゅうを買ってみる。こんな機会がなければ一生買わないだろう田舎饅頭だが、両親の田舎・卯之町の名物である山田屋饅頭に語感と形が似ているので買ってみた。
高速バスは鳴門まで地道を走り、そこから淡路・鳴門自動車道へ。淡路島内はかなり寝ていた。

176201208XZ-176178201208XZ-178179201208XZ-179

18:30前 高速舞子下車
明石海峡を渡ると半日前に通った明石神戸が見えてくる。陸地全体が建物に覆われている。水際まで建物が迫っている感じで急にコンクリート社会に舞い戻る実感がわく。下車後、エレベーターで下りたら小洒落たショッピングモールにファストフード、空気も滞留しているようで、もう都会の空気だ。

18:34 舞子発
ホームに降りるやいなやすぐに快速列車が来る。乗った快速列車の横を新快速列車が抜き去っていく。実にアーバンだ。

19:28 尼崎発

朝加古川行きに乗ったホームと同じホームで帰路につく。

19:40 川西池田着
早朝から15時間の旅の終了。今回もGPSロガーにて旅程を記録してみた。なんか小豆島を遠巻きに一周したみたいな行程だな。

 

capture_19capture_20

職員旅行で伊勢・鳥羽へ。

初日はお伊勢さん参り。ウケ狙いで金比羅さんの笠と富士山の金剛杖を持って行ってみる。貸し切りバスならではの無駄荷物だ。

 

初めて伊勢神宮に行ったのは小学校の修学旅行だった。ここでエラい目にあった話を。

人の話を聞かない児童だった私は、お土産として一括注文する赤福の代金を持ってきていなかった。

そこでお伊勢さんに着いたら速攻で土産の餅を買ったわけだが、これが赤福に似ているが異なる岩戸餅である。イケてない。

そしてそれを持ちバスに乗ったわけだが、その後、隣の席の女の子が車内で見事に口花火を炸裂、吐瀉物にまみれたお餅を持ち帰ることになった。

‥‥苦い思い出である。

 

さて、そんな思い出を秘め、車内で差し入れのビールを6缶あける。

018201208XZ-018013201208XZ-013

あっという間に伊勢神宮に到着。運転してもらうってのもいいもんだね。

真夏の炎天下、血中アルコール濃度かなり高めで、御神域をへんてこな格好で歩く。

 

014201208XZ-014016201208XZ-016017201208XZ-017

その後、本物の赤福を食べ、さらに餡を凍らせたという「おふくアイスマック」なるものを食べる。

 

宿泊は鳥羽シーサイドホテルである。海側の眺めの良い部屋。

020201208XZ-020

 

鳥羽は6年前に青春18切符を使って訪れたことがある。

そのときは、JR鳥羽駅から歩いて、赤福のお店に立ち寄り、ミキモト真珠島や鳥羽水族館を横目で眺めながら、鳥羽港から伊良湖崎へフェリーに乗ったのだった。そのときのフェリーから眺めたであろう温泉旅館に泊まったわけだ。

 

翌日は鳥羽水族館へ。小学校の修学旅行以来か。

数日前に清水の東海大学海洋科学博物館にいったばかりだが。

さすが老舗の博物館。見せ方が上手である。

022201208XZ-022029201208XZ-029037201208XZ-037

040201208XZ-040なんか情けないフェイスマークみたいだが、カブトガニが砂の中に潜っている様子である。

 

042201208XZ-042044201208XZ-044046201208XZ-046

 

053201208XZ-053055201208XZ-055ラッコの予想外のジャンプ力には驚いた。

 

058201208XZ-058061201208XZ-061

068201208XZ-068072201208XZ-072078201208XZ-078

 

065201208XZ-065080201208XZ-080クリオネとピラニア、どちらも肉食生物。

 

086201208XZ-086089201208XZ-089ゴンズイのかたまりとタカアシガニ

 

その後、海女小屋での漁師料理を堪能し、石神神社を参詣、お土産に赤福を買って帰路につきました。

108201208XZ-108109201208XZ-109113201208XZ-113

以前はお土産の赤福なんて硬くて大して旨いとも思わなかったが、柔らかくておいしかった。賞味期限も2日だったし、偽装事件以降真っ当にやっているのだろう。名物に旨いものなしというが、赤福は安いし良いと思うな。

P1050418a

夏の満月は赤っぽく見えることが多いです。緯度の高いヨーロッパではその傾向が顕著で、ストロベリームーンと呼ばれるそうです。

夏の満月が赤っぽく見えるのは、月の高度が低いためです。夕日が赤く見えることと同じ理由で、目に届くまでに多くの空気の層を通過し、波長の短い青色系の色が散乱し、赤っぽい色が残るためです。また夏は他の季節と比べて空気が停滞しやすく、空気中に塵が多いことも理由ではないかと思います。

 

写真は同じ時刻に撮った写真を合成しています(サイズは変えていません)。

上娘の自由研究用の写真

ある程度変形しやすいペットボトルを使用する必要がある。

image

image

image

image

image

11:25 砂走館出発(標高3120m)

201207XZ-492201207XZ-495201207XZ-498

201207XZ-499201207XZ-503〔徐々に宝永山が近づいてくる〕

7合を過ぎると下り専用ルートとなり、砂走りが始まるのだが、宝永山までは岩も多く、スピードは出せない。

12:05 御殿場6合(標高2800m)

宝永山分岐まで下りてきた。ここからプリンスルートで富士宮ルートへ戻ることもできる。しかし大砂走りの魅力はここからである。

一歩で3mも、まさに跳ぶように下れるというのが魅力大砂走りである。

しかし私は‥‥、頂上からの下りでムリをしたのが右膝に来てしまった。体重をかけるたびに痛みが走る。ヤバい!

たった一度の登山でムリをして、何ヶ月も痛みを引きずるなんて愚の骨頂、とか思っていたのに、やってしまった。

ここを通りたいがために、あえて下山ルートに距離がむちゃくちゃ長くなる御殿場ルートを選び、全体計画を決めたというのに。

いや問題は大砂走りが楽しめないということより、このまま下山できるのだろうかということである。しかし‥‥車は御殿場5合にある。

もう、だましだましでも御殿場ルートを行くしかない。ということで痛い右膝をかばいながらの大砂走りスタートとなった。

まったくの直線ルートで標高1500mまでまっしぐらのルート。元気になった子どもたちがどんどん先行する。

201207XZ-509201207XZ-512201207XZ-514

201207XZ-516_thumbときどき止まって待ってくれている。

13:40 次郎坊(標高1900m)

201207XZ-517201207XZ-521[まるで月面のような世界である]

次郎坊からは、私の膝が悪くスピードが出ないので、五合目の大石茶屋でまちあわせをすることにして、先行してもらう。

ここから頂上アタックとは別の意味で一人となる。

後ろ向きに歩くと膝が痛くないことは早い時期に分かっていた。最後の500mはほとんど後ろ向きに富士山を眺めるようにして歩く。

まっすぐな道で、障害もなく、仮にこけたとしてもふわふわの砂なので安心である。

この後ろ歩きは非常に助かった。膝を伸ばす効果もあったのか、絶対に後遺症が残ると思っていた右膝も旅行後に何ともなかった。

まぁこの姿を人が見たら変に思うだろうが、幸いガラガラの御殿場ルートである。

201207XZ-525

〔大砂走り 左が下山者のまきあげる砂煙 右のジグザグが登山道である 右上のピークが富士山頂上〕

14:45 御殿場5合 大石茶屋(標高1520m)到着201207XZ-529

imageようやく戻ってきた、というのが実感だ。達成感というよりは無事に帰ってこれて良かったという安堵感が強かった。201207xz-528_thumb

かき氷で乾杯をする。

子どもたちはここで金剛杖に最後の焼き印を押してもらう。

休憩した山小屋全てで押してきたので、富士宮5合から8合までと御殿場8合~5合までの全ての焼き印が押されている。富士宮ルートと御殿場ルートの両方の焼き印が押されたゴージャスな金剛杖の完成に、山小屋の方には大げさに感心してもらった。

image

 

16:10 御殿場5合駐車場(標高1440m)

一日半ぶりに車に戻り、着替えや荷物整理をする。

砂だらけである。軍手や靴下の下まで砂が入り込み、皮膚の凹みにたまって黒い筋になっているのには驚いた。

このあと、富士市まで移動し、宿泊した。

capture_13_thumb1

8:05 御殿場ルート頂上

御殿場ルートの頂上は3730m、銀明水という御霊水が取れる井戸があり、祠が建てられている。

201207XZ-451201207XZ-456

201207XZ-452201207XZ-455

火口の岩肌に何ともいえない荒々しさを感じる。

ここから5分で富士宮ルート頂上である。こちらは浅間大社奥宮や臨時郵便局、山小屋・お土産屋などがあり賑わっている。

201207XZ-458201207XZ-459

下娘に頼まれていた富士山をかたどった木製ハガキを探すが、売っていなかった。後で調べたら吉田口の五合目でfuji売っていることが判明。ムリジャン。

郵便局では風景印を押してもらえるので、はがきを買い家族全員に出す。まぁ到着するのは旅行から帰ってからだろう。

ちなみに50円以上の切手を貼れば、どんなものにでも消印は押してもらえる。これは子どもの頃切手を集めていた頃に得た知識だ。

右は絵はがきの裏に押してもらった例。

201207XZ-460

 

富士宮ルート頂上から富士山山頂(剣が峰)へ。

残りの標高差46mである。

201207XZ-479

剣が峰の手前は馬の背と呼ばれる超急坂、かつ砂礫で滑りやすい。ストックをしっかりと立てて登る。

 

8:45剣が峰(標高3776m)登頂

201207XZ-465201207XZ-466

201207XZ-475201207XZ-476201207XZ-473

ここに家族がいないことはやはり寂しく感じる。記念写真を撮る気にもなれず、10分そこそこで山頂を後にする。

 

8:55下山開始

201207XZ-4788:55剣が峰 9:50御殿場8合跡地201207XZ-481

下りると決まったら7合で待たせている家族のことが気になり、急に気が急いてきた。

剣が峰から御殿場8合まで55分間、写真も撮っていない。

下山ほど気をつけてゆっくり歩かなければいけないのに、ストックを支えに跳ぶような感じの早足で歩いてしまった。

10:00 赤岩八合館通過

山小屋の方にお礼を言う。

201207XZ-483201207XZ-484201207XZ-485

10:30 7合5勺 砂走館(標高3120m)到着

image

家族と合流する。元気そうである。

ここで昼食。うどんとぜんざいを2つずつ頼む。2600円。

ペットボトルの水も3本買う。1500円。高いがこれが富士山価格。

焼き印は砂走りから宝永山までカバーしている。こまめに山小屋がある吉田口では考えられない守備範囲の広さだろう。

高山病症状

朝食はハムエッグ、ご飯・味噌汁。ご飯味噌汁はおかわり自由。だが私以外は食欲が無い。

相棒と上娘は吐き気や頭痛など高山病の症状が表れている。昨日の段階でもかなりあったと思うが、夜寝ている間に症状が悪化した。

高地順応には意識して深い呼吸(とりわけ息を吐ききること)が大切と言われているが、就寝中はどうしても呼吸が浅くなる。このため寝ている間に高山病症状悪化することは多いらしい。それは分かっていたので、昨日のうちにムリめでも登頂してしまうというプランも考えていたのだが‥‥仕方なし。

下娘も疲れが取れずあまり登頂はしたくないようである。

どうするか。朝食の後、屋根裏部屋で輪になって家族会議である。

 

ここで今回の登山旅行における私なりの目標を記しておく。

・もちろん富士山の頂上への登頂である。これは学生の頃からぼんやりと一度は登ってみたいなぁと思っていたことだ。

・家族全員で登頂したい。これは子供が生まれ、成長するに従って強く思うようになってきた。

ここにいたって、家族全員での登頂はムリである。

富士山のムック本などを読むと、高山病や疲労過多でも休み休み時間をかけて登ったという例もある。しかしそれは各自に登頂への強い意志がある場合である。うちはそこまでは思っていないし、体調が悪化することが分かっていることをさせたくはない。

最後まで登れなかったという無念さはあるかもしれない。しかしそれ以上に得たものは多かった。

丸一日かけて山登りをしたこと、少しずつでも歩を進めればいつかは目標の山小屋まで着くこと、予行で登った宝永山を遙かに見下ろす高地まで来たこと、影富士やご来光を見ることができたこと、気圧の変化、高地の息苦しさ、夜・朝の寒さなどを体感したこと、ここにいなければ実感できないことばかりだ。

十分じゃないか。

普段全く運動をしていないメンバーが3300mまで登れたこと自体ががんばったことだと思う。

 

さて、私自身である。

家族を引き連れてきた以上、ここまでで十分だと思っているのなら一緒に下山に向かうべきである。これが家族を主眼にしたら当然である。

ただ、私は単独でも登りたい、という気持ちを偽ることができない。

ただでさえ普段から身体のあちこちが痛い人間である。いつ普通に歩くことさえできなくなるか分からない。自分に残された時間は体力的にはもうあまりないのかもしれない。そう思うとこのチャンスを逃がすことはできない。

正直に家族に自分の気持ちを伝えた。

その結果、私は登頂、その間に3人は7合にある砂走館まで下りて休憩してもらうことになった。

砂走館は泊まった赤岩八合館と同族経営の山小屋であり、休憩をさせてもらうことをお願いした。

 

6:40 家族と別れ、私一人山頂を目指す。

山小屋を出るとつづら折りの急坂である。スタートからキツいが昨日の家族で登ったときと同じゆっくりペースで登る。

見える景色が変わらないのに高度だけ上がる感じが不思議である

201207XZ-438201207XZ-439

7:10ごろ 20分ほどかかって八合目跡地に着く。たった1勺登るのに20分!

このペースだと頂上まで何時間かかるのだろう?

7合で待たせている家族のこともあるし、若干ペースアップした。

201207XZ-440

広角レンズのパノラマなので誇張もあるが、地平線の丸みを実感できる。

201207XZ-444201207XZ-447徐々に高度が上がっていく。

201207XZ-446猫が伏しているように見える岩

 

下山してきた初老の方に富士宮ルートへの道を聞かれる。なんでも富士宮ルートで登ってきたのだが、あまりの急坂にとても下山はできないと思って御殿場ルートで下りてきたとのこと。富士宮8合へのトラバースは昨日通過したので、詳しく教えることができた。また御殿場6合から富士宮6合へのいわゆるプリンスルートもついでに教えておいた。時間はかかるが、下山のしやすさからいったらプリンスルートだろうと思うからだ。

さて、8合を出発して約1時間、いつまで経っても9合の標識が出ない。8合-9合-9合5勺-頂上という富士宮ルートのイメージで登っていたので、なかなか9合が表れないことに焦りを感じていた。

ところが、どうやら標識など無かったようで、気がつけば山頂の鳥居が見えてきた。見えた段階では未だ山頂とは信じがたく、ようやく9合?と思っていたのだが、鳥居が近づくにつれ、その向こうは青空のみである。あれ?半信半疑のまま鳥居をくぐると、あっさり御殿場ルートの頂上に到着した。201207XZ-448201207XZ-449

8:05 御殿場ルート頂上(3730m)に到着

標準タイムでは8合~頂上は90分なので、1時間足らずで登ってしまったのはけっこうハイペースだったのかもしれない。

14:45 御殿場ルート7合9勺にある赤岩八合館に到着

 

image赤岩八合館は

・二食付き7000円(富士山の山小屋しては安い方)201207XZ-327

・宿泊者のトイレ無料

・金剛杖の焼き印サービス(左)

画像では見にくいが焼き印の上に朱印で「富士山頂」とまで押してある。

・夕食のカレーや朝ご飯のご飯、味噌汁、お茶・水などはおかわり自由

・登頂に必要のない荷物を帰りまで預かってくれるところ

など、他とは一線を画すサービスで人気の山小屋である。

 

201207XZ-357

この日は夏休み期間とはいえ月曜日だったので、混雑することもなく、一人一枚以上の布団スペースがあった。

我々家族4人は、5人用の屋根裏の一角を与えられた。

多少なりともプライバシーが保てるという点では良かったが、出入りするために蚕棚風の二階スペースを通る形になるため、二階の方にかなり気を遣うこととなった。

 

 

 

17:00 夕食開始。201207XZ-345

各自が容器にご飯を盛ってカレーをかける。セルフサービス。

ニンニクが入っているのが特徴のカレー、かなり旨い。山で食べれば何でも旨い、と言うのではなく普通に平地で食べても旨いと思う。当然おかわりをする。

21:00の消灯まで屋根裏で身体を休める。が、私は貧乏性なので、うろちょろと外へ出て、影富士を見たり、夜景を撮影したりする。

201207XZ-363

〔影富士〕

富士山の影が山中湖の方向へ伸びる。

時間が経つにつれどんどん伸びていく。

 

201207XZ-362「影富士と十三夜月なんだよ~」と言っています。

 

201207XZ-365201207XZ-370201207XZ-375

201207XZ-372

この日は十三夜だったので月が明るく、星は期待していたほどは見えなかった。

が、もちろん都会の空とは段違いの星の数。久しぶりに天の川を見ることができた。

201207XZ-384201207XZ-386201207XZ-380

02:00ごろ、ご来光を山頂で見られる方が出発していきます。

うちは当初から山小屋前で見ることにしていましたのでスルー。私は下娘と星空観察のため小屋外に出ましたが寒い寒い。

04:20 ご来光を迎えるための2度目の起床です。

小屋の前は東の空と山中湖~御殿場~芦ノ湖・伊豆半島~駿河湾という大パノラマです。

当然ですが夜明け前が一番寒い。5℃くらいだったかな。

今回、防寒放湿のレインウェアを買ったりレンタルしたりしましたが、雨が降らなくても夜・朝には必須です。

201207XZ-399201207XZ-403201207XZ-407

[左] 山小屋 [中] 山中湖 [右] 芦ノ湖

 

201207XZ-411201207XZ-412201207XZ-424

201207XZ-428201207XZ-429201207XZ-432

太陽光もかなり色温度が低い(赤っぽい)。

夜明け前後の短時間だけ見ることができる赤富士を、現地にて体感した。

13:50 八合目出発(標高3250m)

トイレ小屋の裏から御殿場ルートへの道を行く。

このルートは富士宮ルート側からは「ゆるやかに禁止」されているルートである。逆に御殿場ルート側からは「楽に登れる」として「推奨」されているルートでもある。

富士山の登山ルートは4本あるのだが、いずれも管理する行政区域が異なっており、縄張り意識が強い。wikiを見ると江戸時代から利権がらみの争いが多かったようだ。

現代でも富士宮6合から御殿場6合へ渡るプリンスルートは例外として、ルート間の移動を認めるような記述は一切無い。何かあったときの責任問題がハッキリしないことが原因だろう。

ちなみに8合目より上は、登山道や測候所を除くと、どこの行政区にも属さない浅間大社の境内ということになっている。

今回「ゆるやかに禁止」されているルートを行くことには、計画段階ではかなり逡巡があった。しかし初心者で体力もない4人家族にとって、もっとも登頂の可能性が高まるルートということで選択した。

もちろん富士宮ルートで登頂して、御殿場ルートへ降りることが一番だったのだが、体力と時間の理由により今回は無理である。

かくなる上はここから宿泊地を目指すしかない。‥‥とまぁ若干の後ろめたさを感じつつの決断である。

手製の通行禁止の標識や低いバリケード?をまたいで。何かあったら自己責任‥(まぁどんな山道でもそうなのだが)。

そんなプレッシャーを感じつつもトラバースを実行した。

201207XZ-291201207XZ-297201207XZ-298

201207XZ-302

14:15 御殿場ルート合流201207XZ-309

つづら折りの坂道を登る。

 

14:45 御殿場7.9合 赤岩八合館に到着(標高3310m)

下山途中の佐々木さんと出会う。佐々木さんは「まいにち富士山」の著者である。

常に富士宮ルートで往復されているのかと思い込んでいたので、意外に思って質問してみたら、復路は御殿場ルートのことが多いそうだ。

201207XZ-312201207XZ-326201207XZ-327

201207XZ-329201207XZ-328201207XZ-336

201207XZ-332

沼津のビジネスホテルを4時前に出て、沼津ICから東名道へ入る。このあたりだけかなりの強さで雨が降った。

御殿場ICに着く頃には晴れていた。

3度目となるICすぐのコンビニで食料調達をして5時過ぎに御殿場ルート5合目(標高1400m)駐車場着。

ここで車は1日半放置する。翌日の夕方に御殿場ルートで戻ってくる予定である。

電話でタクシーを呼んでいる間に、あらかじめ登山用品の入っているリュックに食料などを詰め準備終了。

タクシーで富士宮ルート5合目(標高2400m)へ。

タクシー代約5500円。まぁ予定通り。この額は予行の時、水ヶ塚駐車場に止めて、家族4人がバスに往復乗ったときの料金と同じ。

つまり支払い額は変わらず、下山ルートを変えるためのプランということである。

201207XZ-237

6:30 富士宮5合目到着

けっきょく予行で乗った始バスと同じ時刻くらいである。

ここで50分間、高度順応のため、休憩。コンビニで買ったおにぎりやパンなどを食べて過ごす。

 

image予行で宝永山に登ったときに五合目で買った金剛杖、すでに焼き印が押されている。

ランチパック、気圧差のためパンパン201207XZ-240

 

7:20 登山開始

ただし登り始めてすぐのトイレ(新しくきれいなのである)で約10分休憩しているので、実質7:30スタート。

201207XZ-244201207XZ-245

6合目までは予行で通ったルート。

8:10 6合目到着。まぁココまでは余裕。

image

標準タイムの2倍、40分かかる。

←予行の際に押した6合雲海荘の焼き印。201207XZ-247

ここは灼いたコテを杖に押しつけるのではなく、

熱してある固定された平らな板に金剛杖を押しつけて焼くため、きれいである。

 

 

 

 

8:20、6合目出発。

さぁ、ここからが本格的な富士登山である。

ただ予行の宝永山で鬼畜ザレ場地獄を味わっているので、多少の斜面程度ならまぁ我慢できる、かな。

つづら折りの斜面をゆっくりゆっくり登る。あそこまで登ったら休憩、4つ曲がったら休憩、など、こまめに目標を作った。

そのつど、アメやキャラメルなどを口に入れる。たまに水やゼリー飲料も飲む。

ヒトはデンプンなどを消化して蓄えていた糖分を使って運動をする。それが無くなると脂肪を分解して新たな活動エネルギーの元とするのだが、それには時間がかかる。糖分の欠如と脂肪の分解の間に時間差が生じると急に疲れを感じる、いわゆるシャリばてという状態になるらしい。それが恐ろしいので登山中は常にアメ・キャラメルを口にしているわけだ。

水分も少しずつこまめに取っている。これは汗で出て行く水分が少なくなると血液の循環が悪くなって栄養分の配給が滞ったり、体温が上がる原因にもなるためだ。今回の登山では一人あたり2リットルの水とゼリー飲料3個を持っている。この水分と糖分(塩分も)の家族への供給はかなり意識して行った。

ペースもゆっくりだ。急坂を登るペースをつかむのに時間がかかったと言う面があるが、とにかく意識して時間をかけて登る。

 

休憩するたびに宝永山を見る角度が下がってくる。間違いなく高度は上がっているのだが、目標の山小屋はなかなか近づかない。

201207XZ-254201207XZ-252201207XZ-255

ここでアクシデント発生。相棒のカイワレさんのトレッキングシューズの底(ソール)が剥がれてしまった。

この靴も15年選手なのであり得ないことではないが、こんな場所で‥‥。

登山本には、こんな事態に備えてガムテープを持参することが推奨されていたが‥‥準備してなかった。

とにかく新7合目をめざす。

 

10:20 新7合目(標高2780m)到着。約2時間かかった。

image標準タイムが1時間の区間なので、ここも2倍かかっている。まぁアクシデントもあり、こんなものだと思う。201207XZ-261

山小屋で運動靴を売っているとのこと。渡りに船だったのだが、サイズが合う小さな運動靴が無い!

そこで山小屋の兄さんが親切にもロープワークでソールを固定してくれようとしたのだが、けっきょく外れてしまう。

仕方ない、靴下で対応することにして一番足に近いサイズの運動靴を買うことにした。

 

 

10:50 新7合目出発。

あきらかに宝永山は眼下になった。入道雲も出始めて夏らしい景色ではあるが、雷が心配である。

201207XZ-268201207XZ-270201207XZ-267

 

11:50 標高3000mの標識を越える。201207XZ-276

12:00 元祖7合目(標高3010m)到着。

image新7合~元祖7合間は標準タイム50分なので+20分で登った。だいぶ登山らしいペースになってきた。

持ってきた食料の残りで軽い昼食を取る。

 

 

 

 

 

12:20 出発

201207XZ-281201207XZ-285

13:30 八合目到着(標高3250m)

image標準タイムが40分なので、+30分かかっている。

計画では標準タイムの1.5倍~2倍程度を見込んでいたので、まぁ予定通りだ。普段運動しないメンバーにしては頑張った方だろう。

 

さて、ここからは計画では二つのルートを考えていた。201207XZ-288

・時間と体調と天気、全ての条件でOKなら、そのまま頂上まで登り、頂上から宿泊する御殿場ルート7.9合まで降りる。

・条件が整わないようなら、現在地富士宮ルート8合から御殿場ルート7.9合へ渡り(トラバース)、宿泊。

今回の場合、まず私以外の3人が体力的に難しいそうだったこと、ここから3776mまでは標準タイムで2時間かかるので時間的にも厳しいこと、の二点から本日の頂上への計画は見送ることになった。

高山病のことを考えると、御殿場7.9合(標高3300m)という高地に宿泊することは良いことではない。また明日の天気が良いとは限らない。しかし、これからの登頂は物理的に無理な以上、仕方なし。明日にかけることになった。

記事の内容

過去の記事