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今年の夏は、異常に早い梅雨入りに始まり、猛暑のあとに季節外れの長雨、と不順であった。さらにコロナ禍が加わり、花火大会やビアガーデンなど夏らしいイベントも中止で、夏らしいこともせぬまま、もう夏が終わろうとしている。学校現場も明日から始動で、今日が夏休み最後の日である。
今日は何かそんな夏を取り返すかのような猛暑で、近畿各地に熱中症アラートが発令されている。エアコンの効いた室内から暑いベランダへ出てスイカを食べた。逝く夏への惜別の気持ちであろうか。

最近のゲームには食指が伸びない。ゲームの世界観を理解することだけで、とても時間がかかりそうなものばかりである。しかし物理的に時間は無いし、長時間何かに集中して取り組むということも難しいお年頃になってしまったこともある。
ようは面倒くさそうという先入観があり、取り付こうと思わないのである。
一方で先のエントリーで書いたように、ギャラリーの一体感という、私の甘美な青春の一コマは無性に懐かしく思い出される。もういちどレトロなゲームをやってみたいとは思う。
そこで新たにレトロゲーム機を買ってみることにした。幸いうちにはギャラリー役をしてくれる子どもたち(もう成人してますが…)がいることだし。
購入したのは、ヤフオクの出品されていた古いファミコンをリストアしたもの。それなりの需要はあるようで、複数の出品者が出品している。単に外装を漂白するだけではなくて、安定化回路を組み込んでいたり、電源はUSB化されていたり、映像出力はコンポジットに、音声出力はステレオにするなど、今の環境で使えるようにリストアされているブツである。
以前にファミコンの互換機を使っていたことがあったのだが、ブラウン管仕様のゲームは画面が滲むことが前提で作られており、今の液晶テレビに映すと、画素数の少なさが目立って、とても目に悪そうに感じたので捨ててしまった経緯がある。今回のブツは前述の改良により、そういったことが感じられない良品である。唯一惜しい点は、コントローラーのコードが短いままなので、大きな液晶テレビで映すには不適であることくらいであろうか。まぁ幸い電源と出力ケーブルがそれなりに長かったので、本体を液晶テレビから離すことで解決した。
6年前に購入した大型液晶タブレットをリビングPC(子供用)の液晶タブレットと交換した。
私が使うには大きすぎて持てあましていたこと、上娘がたまにイラストを描くとき使用している液晶タブレットがあまりに小さく操作性が悪そうに見えたことが理由だ。
右写真が新しい私のデスクトップの様子である。
交換してやってきた液晶タブレットは、単なる小さなモニタとしてアイコン置き場として使っている。
さて、液晶タブレットという存在は、モニタとして画面出力とタブレットとしてペン入力の両方の用途が一台で出来る優れものだが、一方で、運用する際にはそれがネックにもなる。モニタとしては水平に近い視線の先にある必要があり、一方でタブレットとしてはペン先である手元にある必要がある、つまり目的によって位置を変える必要があるのだ。これを両立させるためにモニタアームなどを使って液晶タブレットの位置を変更できるようにしているわけだが、それでも広くない机上でモニタを動かすというのは面倒だし、大型液晶タブレットとなるとそれなりに重く、億劫に感じるのだ。最初にわたしが「大きすぎて持てあましていた」と書いたのはこういうことである。つまりノートテイキングやイラストなどのペン描き用途がメインで、机上に固定した使い方でない限り、大きな液晶タブレットというのは、面倒で億劫な存在になりかねないのだ。そして机上に液晶タブレットを固定すると、今度はキーボードやマウスの置き場所に困るというジレンマも生じる。さらに夏場は「熱い」。
今回新しくなったデスクトップ環境で、一番手前にある液晶(右写真)は、iPadPRO12.9(初代)である。これにDuetDisplayというアプリを入れて、windowsの拡張ディスプレイとして使っている。タッチ操作とApplePencilによる詳細な描画ができるので、従来の液晶タブレット以上のパフォーマンスである。そして何より便利なのが、必要なときだけ手元に引き寄せて描けるということ。たまに画像処理をする程度である私のタブレット用途としては、これがベストの環境である。
アイドリングストップ対応のバッテリが高いくせに、3年も持たずにだめになってしまう件で。
原因はアイドリングストップにある。信号待ちのたびに、エンジン停止・短時間で始動をくり返していれば、そりゃバッテリもへたるわ。
バッテリを生産するために、新たに金属を消費し二酸化炭素の排出を産む。なんのためのアイドリングストップなのか。もちろん長い時間の信号待ちであれば、エンジンを停止させることは燃料の節約や二酸化炭素の排出量を減らすことに多少は貢献するが、本当にトータルでエコノミーでエコロジーなのか???少なくともエコノミーではないと思う。
問題は、この微妙な判断となるアイドリングストップを強制されることにある。信号待ちの時間の判断をドライバーがして、手元のスイッチでそのつどアイドリングストップすれば良いのではないのか。もちろん常に動作させるモードを備えても良いが、この判断は自動車メーカーがするのではなく、ドライバーが状況に応じてするべきものだろう。
ということで、私はエコノミーの視点で、アイドリングストップを止めた。ずっとエンジン始動のたびにスイッチを長押しして、アイドリングストップ機能をOFFにして走行していた。
もちろん長時間になる停車ではアイドリングストップをしている。これでいいじゃないか。
しかし「運転前の一手間」が少々面倒なので、2月に「アイドリングストップキャンセラー」なるものを購入、1ヶ月使用してみた。ハンドル下でむき出しになっていた端子(存在を知らなかったが)を、製品でキャップするだけである。
さてバッテリの寿命がどうなるか見物である。答えが出るのは2年以上先である。
