» 旅行のブログ記事

14:45 御殿場ルート7合9勺にある赤岩八合館に到着

 

image赤岩八合館は

・二食付き7000円(富士山の山小屋しては安い方)201207XZ-327

・宿泊者のトイレ無料

・金剛杖の焼き印サービス(左)

画像では見にくいが焼き印の上に朱印で「富士山頂」とまで押してある。

・夕食のカレーや朝ご飯のご飯、味噌汁、お茶・水などはおかわり自由

・登頂に必要のない荷物を帰りまで預かってくれるところ

など、他とは一線を画すサービスで人気の山小屋である。

 

201207XZ-357

この日は夏休み期間とはいえ月曜日だったので、混雑することもなく、一人一枚以上の布団スペースがあった。

我々家族4人は、5人用の屋根裏の一角を与えられた。

多少なりともプライバシーが保てるという点では良かったが、出入りするために蚕棚風の二階スペースを通る形になるため、二階の方にかなり気を遣うこととなった。

 

 

 

17:00 夕食開始。201207XZ-345

各自が容器にご飯を盛ってカレーをかける。セルフサービス。

ニンニクが入っているのが特徴のカレー、かなり旨い。山で食べれば何でも旨い、と言うのではなく普通に平地で食べても旨いと思う。当然おかわりをする。

21:00の消灯まで屋根裏で身体を休める。が、私は貧乏性なので、うろちょろと外へ出て、影富士を見たり、夜景を撮影したりする。

201207XZ-363

〔影富士〕

富士山の影が山中湖の方向へ伸びる。

時間が経つにつれどんどん伸びていく。

 

201207XZ-362「影富士と十三夜月なんだよ~」と言っています。

 

201207XZ-365201207XZ-370201207XZ-375

201207XZ-372

この日は十三夜だったので月が明るく、星は期待していたほどは見えなかった。

が、もちろん都会の空とは段違いの星の数。久しぶりに天の川を見ることができた。

201207XZ-384201207XZ-386201207XZ-380

02:00ごろ、ご来光を山頂で見られる方が出発していきます。

うちは当初から山小屋前で見ることにしていましたのでスルー。私は下娘と星空観察のため小屋外に出ましたが寒い寒い。

04:20 ご来光を迎えるための2度目の起床です。

小屋の前は東の空と山中湖~御殿場~芦ノ湖・伊豆半島~駿河湾という大パノラマです。

当然ですが夜明け前が一番寒い。5℃くらいだったかな。

今回、防寒放湿のレインウェアを買ったりレンタルしたりしましたが、雨が降らなくても夜・朝には必須です。

201207XZ-399201207XZ-403201207XZ-407

[左] 山小屋 [中] 山中湖 [右] 芦ノ湖

 

201207XZ-411201207XZ-412201207XZ-424

201207XZ-428201207XZ-429201207XZ-432

太陽光もかなり色温度が低い(赤っぽい)。

夜明け前後の短時間だけ見ることができる赤富士を、現地にて体感した。

13:50 八合目出発(標高3250m)

トイレ小屋の裏から御殿場ルートへの道を行く。

このルートは富士宮ルート側からは「ゆるやかに禁止」されているルートである。逆に御殿場ルート側からは「楽に登れる」として「推奨」されているルートでもある。

富士山の登山ルートは4本あるのだが、いずれも管理する行政区域が異なっており、縄張り意識が強い。wikiを見ると江戸時代から利権がらみの争いが多かったようだ。

現代でも富士宮6合から御殿場6合へ渡るプリンスルートは例外として、ルート間の移動を認めるような記述は一切無い。何かあったときの責任問題がハッキリしないことが原因だろう。

ちなみに8合目より上は、登山道や測候所を除くと、どこの行政区にも属さない浅間大社の境内ということになっている。

今回「ゆるやかに禁止」されているルートを行くことには、計画段階ではかなり逡巡があった。しかし初心者で体力もない4人家族にとって、もっとも登頂の可能性が高まるルートということで選択した。

もちろん富士宮ルートで登頂して、御殿場ルートへ降りることが一番だったのだが、体力と時間の理由により今回は無理である。

かくなる上はここから宿泊地を目指すしかない。‥‥とまぁ若干の後ろめたさを感じつつの決断である。

手製の通行禁止の標識や低いバリケード?をまたいで。何かあったら自己責任‥(まぁどんな山道でもそうなのだが)。

そんなプレッシャーを感じつつもトラバースを実行した。

201207XZ-291201207XZ-297201207XZ-298

201207XZ-302

14:15 御殿場ルート合流201207XZ-309

つづら折りの坂道を登る。

 

14:45 御殿場7.9合 赤岩八合館に到着(標高3310m)

下山途中の佐々木さんと出会う。佐々木さんは「まいにち富士山」の著者である。

常に富士宮ルートで往復されているのかと思い込んでいたので、意外に思って質問してみたら、復路は御殿場ルートのことが多いそうだ。

201207XZ-312201207XZ-326201207XZ-327

201207XZ-329201207XZ-328201207XZ-336

201207XZ-332

沼津のビジネスホテルを4時前に出て、沼津ICから東名道へ入る。このあたりだけかなりの強さで雨が降った。

御殿場ICに着く頃には晴れていた。

3度目となるICすぐのコンビニで食料調達をして5時過ぎに御殿場ルート5合目(標高1400m)駐車場着。

ここで車は1日半放置する。翌日の夕方に御殿場ルートで戻ってくる予定である。

電話でタクシーを呼んでいる間に、あらかじめ登山用品の入っているリュックに食料などを詰め準備終了。

タクシーで富士宮ルート5合目(標高2400m)へ。

タクシー代約5500円。まぁ予定通り。この額は予行の時、水ヶ塚駐車場に止めて、家族4人がバスに往復乗ったときの料金と同じ。

つまり支払い額は変わらず、下山ルートを変えるためのプランということである。

201207XZ-237

6:30 富士宮5合目到着

けっきょく予行で乗った始バスと同じ時刻くらいである。

ここで50分間、高度順応のため、休憩。コンビニで買ったおにぎりやパンなどを食べて過ごす。

 

image予行で宝永山に登ったときに五合目で買った金剛杖、すでに焼き印が押されている。

ランチパック、気圧差のためパンパン201207XZ-240

 

7:20 登山開始

ただし登り始めてすぐのトイレ(新しくきれいなのである)で約10分休憩しているので、実質7:30スタート。

201207XZ-244201207XZ-245

6合目までは予行で通ったルート。

8:10 6合目到着。まぁココまでは余裕。

image

標準タイムの2倍、40分かかる。

←予行の際に押した6合雲海荘の焼き印。201207XZ-247

ここは灼いたコテを杖に押しつけるのではなく、

熱してある固定された平らな板に金剛杖を押しつけて焼くため、きれいである。

 

 

 

 

8:20、6合目出発。

さぁ、ここからが本格的な富士登山である。

ただ予行の宝永山で鬼畜ザレ場地獄を味わっているので、多少の斜面程度ならまぁ我慢できる、かな。

つづら折りの斜面をゆっくりゆっくり登る。あそこまで登ったら休憩、4つ曲がったら休憩、など、こまめに目標を作った。

そのつど、アメやキャラメルなどを口に入れる。たまに水やゼリー飲料も飲む。

ヒトはデンプンなどを消化して蓄えていた糖分を使って運動をする。それが無くなると脂肪を分解して新たな活動エネルギーの元とするのだが、それには時間がかかる。糖分の欠如と脂肪の分解の間に時間差が生じると急に疲れを感じる、いわゆるシャリばてという状態になるらしい。それが恐ろしいので登山中は常にアメ・キャラメルを口にしているわけだ。

水分も少しずつこまめに取っている。これは汗で出て行く水分が少なくなると血液の循環が悪くなって栄養分の配給が滞ったり、体温が上がる原因にもなるためだ。今回の登山では一人あたり2リットルの水とゼリー飲料3個を持っている。この水分と糖分(塩分も)の家族への供給はかなり意識して行った。

ペースもゆっくりだ。急坂を登るペースをつかむのに時間がかかったと言う面があるが、とにかく意識して時間をかけて登る。

 

休憩するたびに宝永山を見る角度が下がってくる。間違いなく高度は上がっているのだが、目標の山小屋はなかなか近づかない。

201207XZ-254201207XZ-252201207XZ-255

ここでアクシデント発生。相棒のカイワレさんのトレッキングシューズの底(ソール)が剥がれてしまった。

この靴も15年選手なのであり得ないことではないが、こんな場所で‥‥。

登山本には、こんな事態に備えてガムテープを持参することが推奨されていたが‥‥準備してなかった。

とにかく新7合目をめざす。

 

10:20 新7合目(標高2780m)到着。約2時間かかった。

image標準タイムが1時間の区間なので、ここも2倍かかっている。まぁアクシデントもあり、こんなものだと思う。201207XZ-261

山小屋で運動靴を売っているとのこと。渡りに船だったのだが、サイズが合う小さな運動靴が無い!

そこで山小屋の兄さんが親切にもロープワークでソールを固定してくれようとしたのだが、けっきょく外れてしまう。

仕方ない、靴下で対応することにして一番足に近いサイズの運動靴を買うことにした。

 

 

10:50 新7合目出発。

あきらかに宝永山は眼下になった。入道雲も出始めて夏らしい景色ではあるが、雷が心配である。

201207XZ-268201207XZ-270201207XZ-267

 

11:50 標高3000mの標識を越える。201207XZ-276

12:00 元祖7合目(標高3010m)到着。

image新7合~元祖7合間は標準タイム50分なので+20分で登った。だいぶ登山らしいペースになってきた。

持ってきた食料の残りで軽い昼食を取る。

 

 

 

 

 

12:20 出発

201207XZ-281201207XZ-285

13:30 八合目到着(標高3250m)

image標準タイムが40分なので、+30分かかっている。

計画では標準タイムの1.5倍~2倍程度を見込んでいたので、まぁ予定通りだ。普段運動しないメンバーにしては頑張った方だろう。

 

さて、ここからは計画では二つのルートを考えていた。201207XZ-288

・時間と体調と天気、全ての条件でOKなら、そのまま頂上まで登り、頂上から宿泊する御殿場ルート7.9合まで降りる。

・条件が整わないようなら、現在地富士宮ルート8合から御殿場ルート7.9合へ渡り(トラバース)、宿泊。

今回の場合、まず私以外の3人が体力的に難しいそうだったこと、ここから3776mまでは標準タイムで2時間かかるので時間的にも厳しいこと、の二点から本日の頂上への計画は見送ることになった。

高山病のことを考えると、御殿場7.9合(標高3300m)という高地に宿泊することは良いことではない。また明日の天気が良いとは限らない。しかし、これからの登頂は物理的に無理な以上、仕方なし。明日にかけることになった。

念願の富士山に登ってきました。

まずは行程を記します。

 

7/29(日) 大井川鉄道乗車 沼津のビジネスホテル泊

7/30(月) 富士山御殿場ルート5合目駐車場からタクシーで富士宮ルート5合へ移動

富士宮ルートで登山、8合目から御殿場ルートへトラバースし、7.9合の赤岩八合館泊

capture_13

7/31(火) 高山病症状の家族を先に7合へ下山させ、単独で登頂。

その後、合流し、御殿場ルート5合目へ下山。富士のビジネスホテル泊

8/1(水) 田子の浦、清水の水族館・エスパルズドリームプラザ見学、帰路につく。

android端末にインストールした「山旅ロガー」というソフトです。http://www.chizroid.info/ytlog

起動して測定を開始すると一定時間ごとにGPS情報を取得してくれます。export_02

export_03

富士登山の前哨戦って位置づけで日帰り登山を敢行しました。

実際に山に登ってみて、高地に慣れることやペース配分、必要な装備などの確認をするためです。

 

海の日を含む3連休、できれば初日に行きたかったのですが悪天のため断念し、けっきょく最終日の7/16(祝)に行ってきました。

15(日)の夜11時に出発、金環日食撮影行と同じ経路(新名神・新東名経由)で、御殿場IC着が翌朝4:00。

IC付近のコンビニで食料・水を購入し、麓の水ヶ塚公園駐車場に5:00着。

P7160049 P7160056

[左]御殿場からの富士スカイライン途中で夜明け [右]水ヶ塚駐車場から宝永火口と富士山

 

ここで食事や着替え・身支度をして、6:00、始発の登山バスで富士宮5合目へ向かいました。

大人往復1300円、子ども650円ですから、うちの家族4人で4550円、しかも駐車場代も1000円‥‥。

けっこう高いです。まぁ入山料と考えることにします。

 

富士宮ルート5合目まで約30分、6:30到着です。

201207XZ-044 201207XZ-046

[左]富士宮5合からの眺め [右]靴ひもを締め直します

 

ここで高地順応のため、1時間休憩です。お土産屋を物色したり金剛杖を購入したりして時間をつぶします。

「まいにち富士山」で有名な佐々木さんもおられました。

 

201207XZ-049P7160070

5合から6合まで初めての登山ということでけっこう時間がかかりました。まだ序の口なんですけどね。ちなみに5合からすぐのトイレは新しくきれいです。

6合の雲海荘で金剛杖に初めての焼き印を押してもらいます。200円也。

ここは熱した平らな板に金剛杖を押しつけます。熱したコテを押しつけるより安定するためか他の山小屋の焼き印よりもきれいでした。

 

ここまで約1時間。8:30。ここから多くの登山者がめざす頂上への道とは異なり、宝永山へ向かいます。こちらのルートも皇太子が宝永山経由で登頂したということで「プリンスルート」と名付けられ、近年人気らしいです。まぁ後述する理由から上りのルートとしてはおすすめしません。

 

201207XZ-066201207XZ-071201207XZ-073

 

10分ほどで宝永山と火口を眺めるポイントに到着します。

ここからは火口の底をめざして下ります。

 

201207XZ-072201207XZ-085201207XZ-089

ほどなく火口です。火口着9:00。ここにはベンチもあり、ここで折り返すならちょっとしたハイキングとして良いでしょう。

しかし‥‥ここから先は地獄ルートです。9:30出発

 

201207XZ-093201207XZ-106201207XZ-103

ひたすら砂礫の道を登っていきます。火山礫がくだかれたふかふかの道、いわゆるザレ場というやつです。

出した歩幅の半分以上が滑って無駄になる感覚でなかなか前に進みません。しかも山小屋などの目印がないので、心が折れそうになります。青空と美しい雲を眺めながら少しずつ登りました。

201207XZ-109201207XZ-114201207XZ-118

この日はことのほか風の強い日でした。細かな砂や火山灰が風にあおられて飛んできます。ホームセンターで購入しておいた安全めがねと防塵マスクが役に立ちました。

火口底から約1時間強かかって、ようやく宝永山に到着です。

201207XZ-127201207XZ-137201207XZ-144

山頂付近にある馬の背と呼ばれるところは強風のメッカだそうで、立っていられないくらい強い風が吹いていました。

 

201207XZ-150201207XZ-152

帰りは打って変わって快適です。出した歩幅以上に下る感じでサクサクと歩が進みます。1時間半ほどで5合目に戻りました。

その後はバスに乗って水ヶ塚駐車場へ戻りマイカーで帰路につきました。

 

その後‥‥

3連休の最終日ということで東名高速の豊川あたりが大渋滞。疲れもあって事故ってはシャレにならないので、急遽、浜松SAで高速を降り、ネットで押さえたリゾートホテルに泊まりました。便利な世の中ですね。

夜の8時について翌朝2時チェックアウトと本当に泊まるだけでしたが、大浴場に露天風呂まであり、短時間利用なんてもったいない良い宿でした。

この日は浜松SAで渋滞情報を眺めて逡巡しているところでWOOのTさんと出会ったり、泊まったホテルは5月の金環日食を撮影したポイントの間近であったり、面白い偶然が重なりました。

 

翌朝、5時過ぎに帰宅。大人は出勤、子どもは通学へ‥‥。さすがにこの日はしんどかったですね。

日焼け止めを塗り忘れた手の甲(ストックを持っていたので常に日差しにさらされていた)が日焼けでイタかったです。

富士登山をひかえ、トレッキングシューズの試し履きをかねて、家族でハイキングです。

二人の子どもも新調したトレッキングシューズです。

朝の6時30分に出発。

まずは上娘(まっちゃ)の通学途中の猫見学。

201207XZ-010201207XZ-015

 

上娘が見つけた「天狗の生首」

201207XZ-017

道路の拡幅工事で伐採された樹木の一部のようです。

樹木が生長して電線を取り込んでしまったのか、感電が怖かったためか分かりませんが、いずれ除去されることでしょう。

 

さて、いよいよ目指すは山本・雲雀丘間の山中にある最明寺滝。

201207XZ-019

この日は、梅雨まっただ中ながら好天で、しかも心地よい風の吹くハイキング日和でした。

201207XZ-023201207XZ-027

右の写真のように大きな岩の切れ間から水が流れ落ちてきます。

しぶきが舞い上がる滝壺の周りは、薄暗い中に灯明がともされ、独特の雰囲気があります。

 

ここで途中のコンビニで買ったパンやおにぎりで朝食としました。

 

その後、最明寺滝を回り込むように道を取り、ぐるっとまわる形で自宅へ戻りました。

やく3時間のハイキングでした。

たぶん20年前(1992年に書いた記事に登場しているので)に買ったHi-Tec社のシェラライトというハイキングシューズがある。

当時、全く同じ時期にWOOのSさんとHさんも同じ靴を買っていて、この偶然に驚き、それを記念してシェラライト3人衆を名乗ったものだ。そしてこの靴で、立山に登るなど各地を歴戦し、結婚後も新婚旅行と称し各地を旅行した際に履いた思い出深い靴だ。

 

さて、この夏、念願の富士山に登ることになった。

が、残念ながらこの歴戦の勇士といえど、富士山には力不足である。まず靴底が剥がれている。これは万能接着剤でつけたのだが、よく見てみると靴底の凹凸がかなり摩耗していてグリップ力が心許ない。耐水性も放湿性も全く無い。

そこで鞄に次いでこの20年選手に引導を渡すことになった。

P7070022

左がシェラライト、右が今回購入したトレッキングシューズ。偶然にもおなじHi-Tec社のものとなった。

 

P7070023

新しいシューズの靴底。なんかオモチャみたいなのだが、グリップ力が高いらしい。

今回、金環日食帯の中心で撮影したかったので、仕事を休み、撮影行へ。

撮影場所は、当初は串本を予定していた。橋杭岩の向こうに見える金環日食という構図で撮りたかったのだ。しかし同じように考えていた関西人が多いのか、和歌山県南部の宿泊施設は5/21だけ満室のところがほとんどだった。

一応、大島の民宿を押さえていたが、上記のようにかなりの混雑が予想される上、天候が悪かった場合、当日に条件の良い場所へ移動できない(和歌山南部の道路状況はかなり悪い)ので、3週間ほど前に宿泊地を静岡県の焼津に変更した。もちろん金環日食の中心帯であること、金環の継続時間が長い(約5分、大阪では約2分)という条件を満たしているからだ。焼津からなら渥美半島から房総半島まで数時間で移動できる。焼津はビジネスホテルも多く高速のインター付近の好立地ホテルが余裕で予約できた。

 

image

図は国立天文台HPのものに加工

当初は家族全員、仕事や学校を休んで行くつもりだったが、長女が学校のトライやるウィーク初日、さすがに休めず。次女と二人旅となった。まぁ、もし静岡が悪天でも、居残りの2名で金環食帯ギリギリの宝塚での撮影できる‥‥という目論見もあった。

前日(日曜日)の朝、3:43に出発。翌日の日食のためのロケハン‥‥ではなく、この日は富士五湖の観光である。子どもには可能な限り見聞を広げさせたいと常々思っている。201205TZ(Miho)-003

新名神、東名阪、伊勢湾岸道を通り、あっという間に名古屋へ。三ヶ日から新東名へと、新しくできた高速を乗り継ぐ。新東名は快適だが退屈だった。が、清水SAあたりからは富士山がよく見えた。出発から5時間半で御殿場インター到着。

ここから富士山の周りを反時計回りに観光して回る。山中湖では富士山を眺め、花の都公園ではアルキメデスのらせんや溶岩樹形を学び、鳴沢では富士山博物館の見学、西湖では溶岩洞窟の探検をし、ほうとうで昼食、本栖湖では芝桜フェスティバル、続いて白糸の滝、最後は富士宮で富士山本宮・浅間大社の参拝とB級グルメ富士宮焼きそば、そして焼津へ移動と怒濤の観光スケジュールだった。これだけ観光すれば翌日、金環日食の観察ができなくても、まぁ無駄足にはならない‥‥ならないと自分に言い聞かせる。

 

201205XZ-320201205XZ-331201205XZ-336

201205XZ-344201205XZ-347201205XZ-357

 

201205XZ-393201205XZ-374201205XZ-401201205XZ-415201205XZ-430201205XZ-433

 

image

さて、焼津のビジネスホテルではネットを使い、翌朝の天気チェック。東海~関東の時間帯天気を調べる。どうやら全体的に曇天という当初の予報からは少し好転しているようで、静岡県東部よりは西部の方が、さらに愛知県から西はかなり晴天率が高そうだ。しかし西に行けば行くほど中心帯から外れてしまう。そこで完全な中心帯はあきらめ、晴天率の高い、浜名湖あたりで撮影することした。

翌朝、2時50分起床。普段より20分早く起きる。もう一度晴天率の確認をして、撮影地を浜名湖の西、渥美半島の根元にある湖西市「潮見坂」あたりに定める。寝る前の予定では浜名湖SAで撮影するつもりだったが、湖の内陸寄りなので、もしかしたら霧が発生するかも‥という心配と、日食開始から終了まで3時間も子どもに目をかけにくい状況で、事故が怖かったことと、潮見坂という名前がいかにも天候の良さそうな地名を表しているように感じたこと、少しでも中心帯に近い海沿いの方が良いと思ったことと、浜辺なら子どもを遊ばせておくことができそうだと思ったことなど、まぁ「総合的な判断」ってやつで変更した。あとでラジオで聞いたところ、浜松SAでは1000人近い天文ファンが集まっていて大混雑だったらしい。

4時にチェックアウト。と言ってもカードキーをフロントにある箱に戻すだけである。さっそく高速に乗り、現地到着5:30。天気は晴れである。周囲の砂防堤には20人ほどの観察者。浜まで降りてカメラを構えているのは私だけであった。さて、6時前よりビデオ、周囲の明るさを撮影するためのカメラ、そして太陽を撮影するためのND100000フィルタ付き望遠レンズのカメラをセットして、準備万端。image

しかし、いよいよという6時以降、だんだん雲が厚くなってきて、太陽を隠してしまった。日食開始6:17。太陽は見えない。東からどんどん雲が流れてくる感じだ。雨は降らないものの太陽は見えず。

そのまま約1時間。あと10分で金環日食が始まるというのに、太陽は姿を現さない。雲の切れ間より光が何本も差し、その延長上に太陽があることは分かるのだが、場所が分かったって仕方がない。雲越しにも見ることができない。3年前の悪夢再び、か。虚脱感から砂浜に腰を落として天を仰ぎ、正直、神を恨む気持ちになった。

あきらめて自宅に電話。宝塚では雲はなくマンションの子どもたち総出で観察をしているそうだ。201205XZ-454くやしいが今更どうしようもない。預けてあった遮光フィルタ付きのデジカメで可能な限り撮影するよう頼む。

しかし、しかしですよ。奇跡ってあるんですね。7:22、マジで金環6分前!急に雲の切れ間が広がり、太陽が姿を現しました。周囲から歓声が上がる。私も大人げなく大声で「やった-!」と叫び、そして娘とハイタッチ!

その後は雲がかかることはほとんど無く、第二接触、金環、第三接触まで観察できた。神様スミマセン、こんな感動的な演出のための前フリだったんですね。もうこれからは絶対あきらめません。

image

201205XZ-461 ということで第一報のような写真を撮ることができました。第三接触後は、ピンホールで遊んだり、周囲の明るさの変化を楽しみました。

image

 

その後、8時以降はまたまた雲が出始め、日食終了時8:57にはまた雲の向こうでほとんど見ることができなくなりました。まさに奇跡の40分間でした。次は6/4の部分月食と6/6の金星の太陽面通過です。

imageimage

父は3日間乗り放題の3dayチケットを、母と長女は阪急版飛鳥日帰りきっぷを、次女は近鉄版飛鳥めぐりフリーきっぷ(子ども用)を使用。

201205XZ-002

近鉄飛鳥駅でレンタサイクルを借りてスタート。

この日のために次女は連休前半に自転車の練習をしていたのだった。

 

最初の目的地は高松塚壁画館

image

写真撮影不可だったので、HPhttp://www.asukabito.or.jp/html/promenade02.htmlより転載。

写真のように地味な復元壁画が2つある。1つは現状を、もう一つは当時の色彩を再現したもの。

色は現代風に派手にしても良いと思うのだが、いかがか。

ちなみに石棺内の四方を守る、玄武・青龍・白虎・朱雀のうち、朱雀だけ盗掘穴のため再現できなかったとのこと。

201205XZ-011

高松塚全景、思ったより小さい。

 

201205XZ-015

歴史公園の広場では里山イベントを実施中、さすが5月、鯉のぼりもありました。

歴史公園館前の休憩所で昼食。駅前で買った柿の葉寿司を食べます。

 

201205XZ-019

続いて天武・持統天皇陵。

里中満智子の「天上の虹」ファンとしては素通りできません。

が、大して見所があるわけでもなく憤丘に登って写真を撮って終わりです。

 

201205XZ-024

続いて亀石。

橘寺とか川原寺跡を横目で見ながら、最大の観光地、石舞台へ。

 

 

201205XZ-050201205XZ-034201205XZ-040

ボランティアの方が説明してくれます。

石は石英閃緑岩とのこと。花崗岩より濃い緑色の岩でした。

 

 

ここまでは順調。しかしここからミスや事件が‥‥!

 

石舞台からちょっとした峠越え‥‥石楠花で有名な岡寺を通過。

石楠花はまさにシーズンだったので見れば良かった‥‥。準備不足でした。

で、万葉美術館あたりから亀形石像物や酒船石を見ようと思っていたのだが、道に迷ってしまい、到着できず。

後から見たら正しかったのだが、案内板が不適切な表示だったように思う。

時間的にも少なくなってきたので、こちらはあきらめて帰路につく。

 

飛鳥寺を回り込むように走り、甘樫丘展望台横の道路を走行中に事件が!

次女が止まりかけによろけ、1mほど下の側溝に転落したのだ。

自転車は側溝に、荷台の荷物は水に落ちびしょ濡れ。カメラもダメになった。

しかし本人はケガ一つ無く。良かった!

 

201205GT7-004201205GT7-005

その後、聖徳中学校というありがたい名前の学校横を通り、鬼の俎(まないた)、鬼の雪隠という石像物を見る。どちらも石室の一部とのこと。

201205GT7-010

最後に吉備姫王墓内にある猿石を見て、駅に戻りサイクリング終了。

長女はまだまだ乗っていたかったとのコメント。普段自転車に乗る機会がないからなぁ。

201205GT7-014

電車を一本遅らせ、近くの団子屋でごま団子を食べる。6種類を2個ずつ注文。

その後、お土産屋さんに寄って、飛鳥の小旅行は終了。

 

後半ミスや事件(次女は一歩間違えば危なかったかも)もあったが、致命的なものはなく、なかなかコンパクトな小旅行であった。

10時出発、現地12時到着。現地17時出発、19時帰宅。

過去の記事